アメリカに留学して1年がたとうとしている。しかし、こっちの人のクリスマスに対する、気合の入れようはハンパじゃないなー。大量に、プレゼントを買い込み、みんなに配りまくる。これが悪いわけじゃないが、アメリカ人だなーって思うのは、自分が気に食わないプレゼントをもらった場合、そのプレゼントをお店に持っていって交換してしまうのである。これって、日本人には、ない感覚だよなー、本当に合理的というか目的、本能に従う。
さて、こんな「目的達成のための合理性を持ち合わせた」民族に勝つためには、どうするべきなのか、わが日本は?
別に、ラグビーだけじゃなく、これは、日本企業が国際競争の中で、直面している課題だ。
アメリカや外国では、「企業は株主のもの。」ということが、明確だ。だから、起業した創業者は、株を半数握って、社長を雇う。そして、この社長がある一定の成果を出さなかったら、解雇する。だから、トップが替わっても目的は失われないし、中長期的なビジョンも軌道修正する必要がない。
日本のラグビーはどうだろうか?フランスからエルサレド・コーチを招聘した。ただし、このコーチ、素行やマネジメント能力に少し、難があり、更迭。これについて、私は日本協会に対して、なんとも思わないし、「誰が連れてきたんだ!!」と責任追及するつもりも全く無い。ただ、その後、カーワンコーチをつれてきて、戦略的転換を図った。つまり、「日本ラグビーの中長期にマネジメントしているのは誰なのか?」ということである。 私が、エルサルド・コーチをつれてきたときに少なからずも共感した。それは、戦争論でもあるとおり、弱者が強者にかつためには、局地戦を挑まなくてはならない。つまり、「一対一で勝てないから、寄ってたかって戦法」が基本戦略となるはずだ。そこに、日本人の特性である俊敏性(これも具体的にする必要があるが。)を加えるのである。そういう観点からして、スペースを作り、つき、寄ってたかって攻める。」が基本戦略である。
創業社長のように、日本協会は、この「寄ってたかって戦略を遂行できる人材」としてカーワンをつれてきたのか?この戦略に妥当性がないにしても、中長期的視点に立脚して、コーチを「雇う」のである。前回のワールドカップが終了した時点で、この戦略方針を明確にしたからこそ、フランスラグビーのエッセンスを注入しようとしたんじゃなかったのか?しかも、日本版にアレンジすることも無かったが。。。。。しかも、カーワンが重点にしたのは、スピードや低さ。これって、戦略的分野であって、戦術的分野ではない。ここに、協会の一貫性の無さが如実に現れている。しかも、ワールドカップで2勝という目標を達成するのに、雇った外国人コーチだが、結果が達成できなかったこともあるが、選手選考に将来性も加味していた。ラグビーファンならご存知だろうが、SOの人選がまさに、それである。選手選考の権限はコーチにあるが、つまり、協会は自分たちの権限まで、コーチに委譲してしまっていたのである。
中長期的視点に立脚して雇い、マネジメントするのは、誰なのか?カーワンのラグビーがもし、日本の中長期的ビジョンに沿っているとすれば(そう願いたい。)、今後も、協会にとどまり、中長期的な責任も負ってもらえるのか?
日本の鎖国時代の弊害は、技術の進歩である。カーワンという元名選手のメリットはとても大きい。ただ、それと、「戦略遂行人としてのパフォーマンス」とは別物である。
はっきり言ってしまえば、GMは、一昔まえの日本的組織の象徴だ。百害しかない、一利もない。外国の企業体の組織目的や意義を理解しないで(責任を明確にしないで)、ポジションだけまねするとこうなるという、典型的な悪い事例のような気がする。GMは、この中長的視点も持ち合わせ、コーチングスタッフが目標達成に遂行する能力があるかを見極め、支援する立場である。しかし、まったく、組織として機能していない。
一昔前に、日本の企業が部署名を横文字にしたように。。。
別にラグビーを知らなくても、「中長期的視点に立脚し、日本ラグビーをマネジメントできる人求む。」である。
さて、こんな「目的達成のための合理性を持ち合わせた」民族に勝つためには、どうするべきなのか、わが日本は?
別に、ラグビーだけじゃなく、これは、日本企業が国際競争の中で、直面している課題だ。
アメリカや外国では、「企業は株主のもの。」ということが、明確だ。だから、起業した創業者は、株を半数握って、社長を雇う。そして、この社長がある一定の成果を出さなかったら、解雇する。だから、トップが替わっても目的は失われないし、中長期的なビジョンも軌道修正する必要がない。
日本のラグビーはどうだろうか?フランスからエルサレド・コーチを招聘した。ただし、このコーチ、素行やマネジメント能力に少し、難があり、更迭。これについて、私は日本協会に対して、なんとも思わないし、「誰が連れてきたんだ!!」と責任追及するつもりも全く無い。ただ、その後、カーワンコーチをつれてきて、戦略的転換を図った。つまり、「日本ラグビーの中長期にマネジメントしているのは誰なのか?」ということである。 私が、エルサルド・コーチをつれてきたときに少なからずも共感した。それは、戦争論でもあるとおり、弱者が強者にかつためには、局地戦を挑まなくてはならない。つまり、「一対一で勝てないから、寄ってたかって戦法」が基本戦略となるはずだ。そこに、日本人の特性である俊敏性(これも具体的にする必要があるが。)を加えるのである。そういう観点からして、スペースを作り、つき、寄ってたかって攻める。」が基本戦略である。
創業社長のように、日本協会は、この「寄ってたかって戦略を遂行できる人材」としてカーワンをつれてきたのか?この戦略に妥当性がないにしても、中長期的視点に立脚して、コーチを「雇う」のである。前回のワールドカップが終了した時点で、この戦略方針を明確にしたからこそ、フランスラグビーのエッセンスを注入しようとしたんじゃなかったのか?しかも、日本版にアレンジすることも無かったが。。。。。しかも、カーワンが重点にしたのは、スピードや低さ。これって、戦略的分野であって、戦術的分野ではない。ここに、協会の一貫性の無さが如実に現れている。しかも、ワールドカップで2勝という目標を達成するのに、雇った外国人コーチだが、結果が達成できなかったこともあるが、選手選考に将来性も加味していた。ラグビーファンならご存知だろうが、SOの人選がまさに、それである。選手選考の権限はコーチにあるが、つまり、協会は自分たちの権限まで、コーチに委譲してしまっていたのである。
中長期的視点に立脚して雇い、マネジメントするのは、誰なのか?カーワンのラグビーがもし、日本の中長期的ビジョンに沿っているとすれば(そう願いたい。)、今後も、協会にとどまり、中長期的な責任も負ってもらえるのか?
日本の鎖国時代の弊害は、技術の進歩である。カーワンという元名選手のメリットはとても大きい。ただ、それと、「戦略遂行人としてのパフォーマンス」とは別物である。
はっきり言ってしまえば、GMは、一昔まえの日本的組織の象徴だ。百害しかない、一利もない。外国の企業体の組織目的や意義を理解しないで(責任を明確にしないで)、ポジションだけまねするとこうなるという、典型的な悪い事例のような気がする。GMは、この中長的視点も持ち合わせ、コーチングスタッフが目標達成に遂行する能力があるかを見極め、支援する立場である。しかし、まったく、組織として機能していない。
一昔前に、日本の企業が部署名を横文字にしたように。。。
別にラグビーを知らなくても、「中長期的視点に立脚し、日本ラグビーをマネジメントできる人求む。」である。
長らく、試験やられポート提出に追われていて、更新できていませんでした・・・。しかし、HRM=人事について、レポート書いているときに、「なるほど」と思ったことがあますから書きます。(結構、当たり前のことかもしれませんが。。。。)今、日本のサラリーマン・OLは、会社が厳しい競争環境にいるため、必然的に、社長以外も、意思決定の速さと、マネジメント能力が問われてきていますよね。それって、どういうことかというと、「ある組織の本質を見抜く力が身についている。」といえると思います。これは、さらに言い換えると=コンセプト力だといえます。
今、日本の2大プロスポーツである、サッカーと野球。サッカーには、理念があり地位密着活動などにコンセプトの一貫性を感じさせるために、サポーターとなる。ただし、サッカーもチーム数を増やしたあと、どれだけ協会がマネジメントできるかが問われると思いますが。
一方で、野球はというと、企業広告・優良コンテンツとしての効果・価値を最大限にするために、底辺を拡大=コンテンツ育成・リーチ数の獲得が必要になります。
ただし、阪神が大阪で企業広告の価値を上回り大阪=阪神という記号まで昇華されている例外もありますが。また、福岡ホークスのダイエー買収問題の時に、福岡の方々は、「誰でもいいから買ってくれ。どこが親会社になっても、ホークス=福岡を応援する。」という気持ちだったのではないでしょうか?
そこで、我らがラグビー、いかがでしょうか?日本ラグビーの組織には、残念ながらコンセプト力は皆無に等しいと思います。そんな中で、野球のような、例外はあるのでしょうか?神戸製鋼=神戸でしょうか?
今、日本のスポーツ界で一番、必要なことは、この「コンセプト力」を身につけなければ、
サポーターはついてきませんし、マスコミの論評レベルも上がらないという悪循環にはまってしまってしまうと思います。
だらだら、書いてしまいましたが、日本ラグビー協会よ、ラグビーファン、地域のサポーターのとなりうる潜在顧客の知的好奇心を刺激してくれ!!これが、切なる願いです。
今、日本の2大プロスポーツである、サッカーと野球。サッカーには、理念があり地位密着活動などにコンセプトの一貫性を感じさせるために、サポーターとなる。ただし、サッカーもチーム数を増やしたあと、どれだけ協会がマネジメントできるかが問われると思いますが。
一方で、野球はというと、企業広告・優良コンテンツとしての効果・価値を最大限にするために、底辺を拡大=コンテンツ育成・リーチ数の獲得が必要になります。
ただし、阪神が大阪で企業広告の価値を上回り大阪=阪神という記号まで昇華されている例外もありますが。また、福岡ホークスのダイエー買収問題の時に、福岡の方々は、「誰でもいいから買ってくれ。どこが親会社になっても、ホークス=福岡を応援する。」という気持ちだったのではないでしょうか?
そこで、我らがラグビー、いかがでしょうか?日本ラグビーの組織には、残念ながらコンセプト力は皆無に等しいと思います。そんな中で、野球のような、例外はあるのでしょうか?神戸製鋼=神戸でしょうか?
今、日本のスポーツ界で一番、必要なことは、この「コンセプト力」を身につけなければ、
サポーターはついてきませんし、マスコミの論評レベルも上がらないという悪循環にはまってしまってしまうと思います。
だらだら、書いてしまいましたが、日本ラグビー協会よ、ラグビーファン、地域のサポーターのとなりうる潜在顧客の知的好奇心を刺激してくれ!!これが、切なる願いです。
「もったいないなー」これが、正直、日本ラグビーへの感想である。これは、何かと言うと、「ラグビーほど、実社会=ビジネスと近しいスポーツはない。」と断言はできないけど、そう確信している。これは何かというと、ラグビーには、使い古された言葉かもしれないが、one for all, all for one という信念が浸透している。これは、今の日本社会に一番、必要なエッセンスな気がしてならない。これだけ、日本社会もグローバル社会の波の飲み込まれ、NTT、郵政などを解体されて(?)、三角合併(アメリカ株と日本株の株式交換)もみとめられると、今までの既成概念では、太刀打ちできない。そうすると、やはり社会に矛盾が溢れてくるわけで、あらゆる矛盾をどのようにマネージするか、解釈するかの能力が非常に大切になってくる気がする。例えば、個人の価値観と会社組織、科学と宗教、対極な企業文化の合併など。もちろん、矛盾があってはいけないものもあるけど、例えば、企業理念に代表されるような信念=一貫性だ。
ラグビーは、毎年、何かしらルールが変更される。これだけ、目まぐるしくルールが変更されるスポーツもないのではないか?それは、なぜ、変更されるかというと、明らかに、消費者=ファンに対して、エキサイティングなゲーム展開にしようという趣がある、信念を変えずにね。
この変化は、とても現代のビジネス・社会変化のスピードと通じるものがあるはずだ。ただ、残念ながら、日本のラグビーには、この変化に対して対応する能力、がなさ過ぎる。それは、「組織としての脆弱さ」だ。日本ラグビーは、変化していい部分と変化してはいけない部分が理解できていないと思う。これは、日本スポーツ界が社会=ビジネスと隔離されていることが問題だと思うが。この点について、次回、書いてみたいと思います。
あー、定量分析のレポートを終わらせなくちゃー。
ラグビーは、毎年、何かしらルールが変更される。これだけ、目まぐるしくルールが変更されるスポーツもないのではないか?それは、なぜ、変更されるかというと、明らかに、消費者=ファンに対して、エキサイティングなゲーム展開にしようという趣がある、信念を変えずにね。
この変化は、とても現代のビジネス・社会変化のスピードと通じるものがあるはずだ。ただ、残念ながら、日本のラグビーには、この変化に対して対応する能力、がなさ過ぎる。それは、「組織としての脆弱さ」だ。日本ラグビーは、変化していい部分と変化してはいけない部分が理解できていないと思う。これは、日本スポーツ界が社会=ビジネスと隔離されていることが問題だと思うが。この点について、次回、書いてみたいと思います。
あー、定量分析のレポートを終わらせなくちゃー。
日本ラグビー協会のHPに使命などが記してあったので、サッカー協会の掲げている目的と比較してみた。日本サッカー協会(JFA)の理念には、「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する。」と記してある、一方は、ラグビー協会だが、日本協会の求める理想(ビジョン)として、「ラグビー競技を誰からも愛され、親しまれ、楽しめる、人気の高いスポーツにする」と記してある。つまり、サッカーは、サッカーを通じて日本社会の発展に貢献することが、目的であるのに対し、ラグビーは、ラグビー競技自体が愛され、親しまれる人気スポーツになることが目的である。これが、日本ラグビーとサッカーの根本的な違いだと思う。強い組織とは、このコンセプト力=使命が非常に強固であり、全ての活動がこれに準じている、立ち返ることができることが重要なはず。前に触れた、ビジョナリーカンパニーに通じるように、日本ラグビーには、社会貢献する概念がないとは言わないが、人気スポーツにすることが目的で、全部の活動がそのために集約されていると言って、過言ではないはずだ。この目的=使命というのが、いわば、「存在価値=携わっている価値」であるはず。すなわち、サッカーは、日本人の心身の健全の発達と社会の発展のための手段がサッカーであり、一方、ラグビーは???。
個人的には、ラグビー協会が掲げている数々は、企業にたとえると、「我が社を人気企業ランキングで上位ランクさせ、商品を購入してもらう。」
これって、使命かなあ・・・、しかも、財団法人の。。。。
ぜひ、サッカー協会、ラグビー協会のHPを訪れて、両方の理念を見比べてほしいです。皆さんは、どちらに共感=共鳴しますか?
(サッカーは画像でしたので、コピペできませんでしたので、下記URLを訪れてみてください。)
http://www.jfa.or.jp/jfa/2005/
1 日本協会の求める理想(ビジョン)
「ラグビー競技を誰からも愛され、親しまれ、楽しめる、人気の高いスポーツにする」
2 日本協会の使命(ミッション)
「日本協会や傘下の各地域協会・支部協会、及び日本全国の全てのチームが繁栄し、全国にラグビー競技を発展させ広めていくことができるような環境を整備すること」
3 日本協会の価値意識(バリュー)
誠実――競技を管轄し、事業活動を執行するに際しては、常に誠実でなければならない。
尊敬――尊敬は競技が発展し成功を収めるための鍵である。ルールに敬意をはらいそれを尊重すること、関係者とファンに対して敬意をはらうこと、競技者に対して敬意を払うこと、すべて共通である。
参画――競技の原点は、全ての人々が参画できることにある。
チームワーク――各協会やその他の様々な関係団体、および競技者などの個人、全てによるチームワークによって、最善の結果を得ることが出来る。
リーダーシップ――競技を全国に発展させて広めるためには、リーダーシップが必要である。
4 日本協会の目標(ターゲット)
代表チームの強化
2007年ワールドカップにおいて決勝トーナメント進出。
ATQ(Advance to the Quarterfinal)プロジェクトの発足。
競技人口の増加
青少年プレーヤーの数を増大させ、三大ボールゲームとしての位置を確立する。
ジャパンラグビー トップリーグの活性化――集客作戦の展開。
観客数の増加
競技場へ足を運ぶ、観客数を増やし、この観客に感動を与えることに努力する。
個人的には、ラグビー協会が掲げている数々は、企業にたとえると、「我が社を人気企業ランキングで上位ランクさせ、商品を購入してもらう。」
これって、使命かなあ・・・、しかも、財団法人の。。。。
ぜひ、サッカー協会、ラグビー協会のHPを訪れて、両方の理念を見比べてほしいです。皆さんは、どちらに共感=共鳴しますか?
(サッカーは画像でしたので、コピペできませんでしたので、下記URLを訪れてみてください。)
http://www.jfa.or.jp/jfa/2005/
1 日本協会の求める理想(ビジョン)
「ラグビー競技を誰からも愛され、親しまれ、楽しめる、人気の高いスポーツにする」
2 日本協会の使命(ミッション)
「日本協会や傘下の各地域協会・支部協会、及び日本全国の全てのチームが繁栄し、全国にラグビー競技を発展させ広めていくことができるような環境を整備すること」
3 日本協会の価値意識(バリュー)
誠実――競技を管轄し、事業活動を執行するに際しては、常に誠実でなければならない。
尊敬――尊敬は競技が発展し成功を収めるための鍵である。ルールに敬意をはらいそれを尊重すること、関係者とファンに対して敬意をはらうこと、競技者に対して敬意を払うこと、すべて共通である。
参画――競技の原点は、全ての人々が参画できることにある。
チームワーク――各協会やその他の様々な関係団体、および競技者などの個人、全てによるチームワークによって、最善の結果を得ることが出来る。
リーダーシップ――競技を全国に発展させて広めるためには、リーダーシップが必要である。
4 日本協会の目標(ターゲット)
代表チームの強化
2007年ワールドカップにおいて決勝トーナメント進出。
ATQ(Advance to the Quarterfinal)プロジェクトの発足。
競技人口の増加
青少年プレーヤーの数を増大させ、三大ボールゲームとしての位置を確立する。
ジャパンラグビー トップリーグの活性化――集客作戦の展開。
観客数の増加
競技場へ足を運ぶ、観客数を増やし、この観客に感動を与えることに努力する。



